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ラオスに行ってきました

 投稿者:哲男  投稿日:2012年 1月31日(火)17時01分16秒
  よかったら見てください。
紀行文です。
下のアドレスをクリックしてください。
   ↓

http://6701.teacup.com/miyakopp/bbs?

 
 

お待たせしました

 投稿者:哲男  投稿日:2011年 1月25日(火)13時46分54秒
  ネパール旅行記をアップしましたので、よかったらご覧ください。
できたら感想などカキコしていただけると嬉しいです。
下のアドレスをクリックしてください。
   ↓

http://6706.teacup.com/miyakopp/bbs

 

動画の移行

 投稿者:哲男  投稿日:2010年10月15日(金)15時34分1秒
 

過去の発言で、動画を紹介した記事がありましたが、利用していた無料サイトのインフォシークが10月31日で閉鎖されるため、それ以降はクリックしても表示されなくなります。

そこで新しくヤフーの無料ページを利用することにして過去の動画を移行することにしました。

以下に今までの動画をまとめて掲載しました。


ここをクリックしてください。
   ↓

動画のページ

 

エジプト ルクソールの動画

 投稿者:哲男  投稿日:2009年11月13日(金)11時36分4秒
  ルクソールのスーク(市場)を見にいったときの動画です。
イスラムのお祈りの時間に行ったものですから、バックにお祈りの大きな声が鳴り響いて、いかにもアラビアにきたという雰囲気です。
カメラを意識されないよう、また撮影に対していちゃもんをつけられても嫌ですので、カメラは構えずにお腹のあたりで映していますのでどこが写っているのかわかりません。そのために見にくい画像になっていますががまんしてください。
本当はもう少しよく映っているのですがファイルサイズが大きすぎるので解像度を落としてアップしています。
下のURLアドレスをクリックしてください。
   ↓

http://miyakoaa.at.infoseek.co.jp/luxor3.wmv

 

チチカカ湖の浮島にて

 投稿者:哲男  投稿日:2009年11月 9日(月)19時52分51秒
  トトラという葦でできた浮島に住むナンシーさんの家を訪問。
足元はふわふわ、空気が薄いので息切れしてます。
下のURLアドレスをクリックしてください。
    ↓

http://miyakoaa.at.infoseek.co.jp/titikaka.wmv

 

ペルー ハチドリの地上絵

 投稿者:哲男  投稿日:2009年11月 9日(月)19時52分12秒
  唯一動画で撮影した地上絵です。
何しろ1回しかないチャンスで動画と静止画を切り替えて撮影するのは至難の業です。
下のURLアドレスをクリックしてください。
    ↓

http://miyakoaa.at.infoseek.co.jp/hmgbirdbig.wmv

 

アフリカ サイの突進

 投稿者:哲男  投稿日:2009年11月 9日(月)19時51分23秒
  南アフリカのクルーガーでサイを見ているところです。
1頭が突進しそうになり危険を感じたレンジャーが慌ててジープのエンジンをかけ少し移動しました。皆ヒヤッとしました。
スリルある音声も入っています。
下のURLアドレスをクリックしてください。
    ↓

http://miyakoaa.at.infoseek.co.jp/afsai.WMV

 

ペルー紀行(12)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時55分49秒
  ウロス島の子供達。元気いっぱいで私達のトトロ舟に乗り込んできた。
ケチュア語、英語、日本語、ドイツ語、韓国語、中国語、スペイン語など各国の言葉で歌を歌ってくれる。
聞けば学校で教えているそうである。
以上でペルー紀行終わり。
美味しかったものは、クスケーニャ(ビール)、チチャモラーダ(紫トウモロコシを発酵させてつくったジュースとワインの間のような飲み物)、ピスコ(ブドウの蒸留酒)と卵白とレモンをシェイクしたピスコサワー、チェリモヤというフルーツ、インカコーラ、セビッツェ(白身魚やタコ、イカなどの魚介と紫タマネギをレモン汁と香辛料で和えたもの)、チュベ・デ・カマローネス(川エビをトマトスープで煮込んだもの)など。リマは海のそばなので新鮮な魚介類が美味しい。お寿司も食べた。また野菜はここペルーが原産のものが多くこれまた美味しい。ジャガイモ、トウモロコシなどとても種類が多い。
通貨はヌエボソル。3ソレス=100円=1USドル 物価は安い。人々は素朴で少々恥ずかしがり。みんな一生懸命に日本語を覚えようとしている。

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  ↓
 

ペルー紀行(11)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時53分46秒
  チチカカ湖はペルーと隣の国のボリビアにまたがってあり、海抜は3890m、汽船の航行する世界最高地点です。
湖にはトトラという葦がたくさんはえており、そのトトラを重ねて作った大きな島に人々が住んでいる。
家や舟もトトラでできている。実際にトトラでつくったウロス島に上陸?したがフワフワだった。
島は6畳くらいのから、350人ほどが生活するものまであり、学校や教会やホテルまである。

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ペルー紀行(10)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時52分17秒
  マチュピチュから一旦クスコへもどり、チチカカ湖のあるプーノまで約7時間のバスの旅。
途中、今回(自分の人生でも)最も標高の高いララヤ峠(4335m)で休憩しているところです。
一緒に写っている動物は、高級セーターの原料素材アルパカです。
マチュピチュには多くのリャマが放牧されていましたが、このアルパカもリャマもエジプトやインドにいたラクダの仲間ですので、かわいいですが油断して近づくとツバをかけられます。ペルーには他にも、やはりラクダの仲間のピクーニャというのがいますが、数が少なくアルパカより更に高級品素材です。

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ペルー紀行(9)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時47分26秒
  現地の人たちは色使いがとても上手で、着るものや工芸品の配色がとてもすてきです。
若い人も老人も同じように(私達から見れば)とても派手な服を着ています。

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ペルー紀行(8)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時46分17秒
  お昼前になってやっと霧がはれてきて、目の前に夢にまで見たマチュピチュが姿を現しました。
遺跡入り口のところにあるホテルで昼食を済ませ、午後からインカ道を歩いてインティプンクまで行きました。
これが結構時間がかかって、帰りの最終バス5時にギリギリセーフとなりました。

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ペルー紀行(7)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時44分54秒
  聖なる谷のオリャンタイタンボというところから高原列車に乗ってマチュピチュの麓にあるアグアスカリエンテスまでいき、そこで1泊。
早朝にハイラム・ビンガム・ロードと言われる九十九折の登山道路を乗り合いバスに乗って登ります。
しかし早起きのかいもなく、マチュピチュ遺跡は霧の中。
一向に晴れる様子がないので、少しインカ道を歩いて「インカの橋」を見に行くことにしました。
この橋は敵から攻められたときに丸太橋を落としてしまうというものです。

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ペルー紀行(6)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時43分30秒
  同じく聖なる谷の風景です。
写真では見たときの感動が表現できていないのですが、この風景を見たときに全員が感嘆の声をあげました。

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ペルー紀行(5)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時42分1秒
  クスコからマチュピチュへ行く途中に聖なる谷があります。
畑がパッチワークのようになっていて美しいですが、花の咲くシーズンになるともっときれいだそうです。

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ペルー紀行(4)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時39分59秒
  クスコのホテルでカッパエビセンを出してみたら、こんなになっていました。
空気が薄い証拠です。
ホテルやバスには酸素吸入器が備えられています。
高山病予防にダイアモックス(アセタゾールアマイド)半錠のみました。
それでも朝起きたときが一番しんどいです。
就寝中は呼吸数が減っているためだそうです。
夜中に起きてトイレへ行ったときは本当に動けないほど苦しいときがありました。

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ペルー紀行(3)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時37分13秒
  リマは海のそば、ナスカは砂漠地帯でどちらも標高は0mに近いのですが、写真のクスコは標高3400mにあります。
街の真ん中にアルマス広場がありその正面にはカテドラル(大聖堂)があります。この公園とカテドラルの組み合わせは地方の町などへ行っても同じようになっています。道路は石畳で空気が薄いのに坂道が多く大変です。屋根は明るい茶色~オレンジ色に統一されているので山の上から眺めるととても綺麗です。また普通夜景は山の上から眺めますが、クスコではアルマス広場から四方八方に登り坂になっているのでグルッと周りの夜景に囲まれている感じが新体験です。

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ペルー紀行(2)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時35分46秒
  ナスカの地上絵というと蜘蛛のほかにコンドル、宇宙人、犬、サギ、猿、オウム、樹、手、等々が有名なので、これらの写真も写してきましたが、実際にはよくみるとこれらの写真と一緒に映っている幾何学的な模様や直線だらけといってよいほどその他の複雑な模様がいっぱいあります。動物の絵などはひょっとしたら昔の人間がなんらかの方法で書いたのではないかと考えることもできますが、下の写真に見られる大きな滑走路のようなもの、手前の高速道路と比較してみてください、こんな大きなものが昔の人に作れたのでしょうか。50kmも続く直線、飛行機はおろかスペースシャトルからでないと確認することができないという直線もあるそうです。

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ペルー紀行(1)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時34分11秒
  最初の写真はご存知ナスカの地上絵です。
実際にはリマの観光などもありましたが、やはり地上絵のほうが圧倒的にインパクトが強いので省略します。リマからナスカまでパンアメリカンハイウェイをバスで7時間、1泊して朝1番にセスナで地上絵観光がたったの約20分間。その後地上のミラドール(観測タワー)からも観測しますが、再び7時間かけてリマへもどってきました。
地上絵の写真はうまく撮れるかどうかとても心配でしたが、結果的にはまあまあでした。
右の窓、左の窓からそれぞれの客が見えるようにセスナはものすごい旋回を絵の数だけ2回づつ繰り返しますので、多くの方が酔ってしまいます。さいわい日本海で鍛えていますので大丈夫でした。飛行機のスピードはかなりはやいので、窓から見えた絵を目で確認してから、やおらカメラの液晶で確認してシャッターを切っていたのでは、ときすでにおそく、飛行機は旋回を終えてしまっています。連続シャッターにして写っているかは神頼みというところでしょうか。幸なことに、パイロットが見せたいと思っていたものは全ておさまったように思います。この蜘蛛の写真もそのままでは判別しにくいので、拡大してコントラストを強くしています。

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ゴールデンウイーク

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 5月27日(水)12時30分42秒
  4月26日から5月6日にかけて、南米のペルーに行った。
今回はいろんな意味で、今までの中で一番キツイ旅行となった。
まずスケジュールがハード。移動距離が長かったり朝日鑑賞などで3時、4時起きなど、またホテル到着が深夜など、バスで7~8時間の移動など。
アンデスでの観光が主なので標高が高く、息が苦しくて夜中に何回も目覚め、信じがたいことに2人とも食欲がなくなった。また息が苦しいのに、遺跡は階段が多く、山登りもした。
高山病予防のため、禁酒・・・これ辛かった。
最終日まで何の問題もなく順調に進んでいたが最後の最後、リマを発つときに飛行機が飛ばない。濃霧のために空港閉鎖。10時間おくれで出発するも、ロスで乗り継ぎできず、1泊。
成田へ着いたら完全防護服に身を包んだ検疫が乗り込んできてアンケートやら体温チェック。今度は伊丹への乗り継ぎができないのではと心配したが、入国審査も税関もほとんどフリーパスになっていた。
帰国後も10日間毎日保健所から電話がかかってくるのがわずらわしい。
しかし旅行自体はとても楽しく過ごせた。
 

松尾山

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 4月 6日(月)12時51分45秒
編集済
  4月5日に嵐山から松尾山に登り、尾根伝いに苔寺奥まで行く予定でしたが、コースを間違えて下山してしまい、物集女街道にでてしまいました。
松尾山の山頂からは嵐山の渡月橋にお花見の観光客がうじゃうじゃいるのが見えました。
下の写真は2枚の写真を繋ぎ合わせてパノラマにしてみました。
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エジプト旅行記(番外編)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時48分10秒
  お土産に買ってきたパピルスです。  

エジプト旅行記(11)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時47分24秒
  カタールの砂漠観光から帰ってきても日本行きの飛行機の出発は夜中、まだまだ時間があったので空港近くのショッピングセンターに入りました。
衣食住何でも売っています。秋葉原で売っているようなパソコンのマザーボードまであります。でも興味あるのはやはり食料品。写真はどうやら粉ワサビらしい。こんな中東の国に日本人なんてほとんど見かけなかったのに食文化だけ伝わってきているのか。SABAと書かれた缶詰、鯖缶らしい。インスタントラーメン、カップめんは種類も多く、かなりのスペースをとっていた。食料は周囲の国からだいぶ入ってきているようで、産地を見るとクエートだとかイラン、インド、サウジアラビア、などなど。ドルが余っていたのでお茶などをお土産にとポイポイ入れてレジへ行ったら、お金が足りなくなり、言葉もうまく通じずに大騒ぎ。マネージャーもとんできて数人がかりで少しずつ商品を戻し無事に買い物終了。その間レジに長い列ができてしまった。迷惑な外国人でした。
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エジプト旅行記(10)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時45分51秒
  中東の放送局、あのアルジャジーラがある国、それだけしか知らないカタールに入国してしまった。そもそも今回利用したカタール航空は国営の航空会社、カウンターで尋ねてもツアー会社があるかどうかも答えてくれない。自己責任で入国したければ入国してくださいとのことだった。でもシティーツアーくらいはあるだろう、外に出ればプラカードを持った旅行会社がいっぱい待ち構えていて・・・予想は見事にはずれ、見事に何も無かった。インフォメーションの女の子にしつこく尋ねやっと知り合いのガイド??を紹介してくれた。かなり高額
! しばらくするとオフロード車が迎えに来てくれたが、どこに連れて行かれるのやら。
まっすぐな道をどんどん車は走り、無口なカタール人丸出し(上から下まで真っ白な長い衣服を身につけ、頭にはシンドバッドのような輪をはめて肩までたらしたやはり白い布をつけ、サングラスをかけている)のガイド?はときどき「海水から真水を作るプラント」「あれが石油コンビナート」と申し訳程度に説明する。そして、そしてや~っと着いたのが何と砂漠でした。
タイヤの空気を少し抜いて、どうやら砂漠のサファリをするようです。
砂漠サファリ、それは初めての経験。まるでジェットコースター。すごいすごい。どんどん砂漠を走って、とうとう海が見えるところまでやってきました。向こう岸がイラン、右のほうに見えるのがサウジアラビアとドバイ。ということはこれはペルシャ湾、アラビア海ですな。
そして夕方になり横からの光を受ける砂漠の美しさ。感動しました。彼もこれを体験させたかったのでしょう。本当に来て良かった。
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エジプト旅行記(9)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時43分11秒
  ルクソールの空港でお土産を物色していたら、空港職員がやってきて搭乗時間が早くなったから早く来いという。時間がルーズなのはこの国では覚悟の上だけど、勝手に出発を早めてもらうのは困ったことだ。で物色を切り上げて7ドルのお土産を一つ買おうと10ドル札を出したらお釣りが無いと言う。やめようかなという顔したら、もう一枚新しい10ドル札をくれたらこの古い10ドル札と交換して、両替に走ってくるという。仕方なくいうとおりにした。彼が両替に走っている間、よくよく古い10ドル札を観察。ふむふむ、透かしはあるようだが、デザインが今のお札と違う。しかも破れている。これはちとヤバイ・・・・。考えた・・・。
彼が戻ってきて無事お釣りを受け取った後、4ドルのものを購入、先ほどの古いお札を差し出しお釣りを要求した。彼は怖い顔で拒否。この金は使えない。なに?? これはあんたがくれた札だ! お前は使えない札を渡したのか! 大声で文句を言った。 いやこの国では破れた札は使えないからあんたの国へ帰ってから使ってくれとかなんとか・・・そんなバカナ! こんなときは大声でおこらなあかんと書いてあった。わけのわからん英語で怒鳴っていたら、しまいに相手が折れてお釣りをくれた。ホッ。 アッ、乗り遅れる!
走った、走った、空港職員がみんなハリアップと叫んでる。で何とか飛行機には乗れました。
これで何とか無事に日本へ帰ってきました・・・となるはずでしたが、実は続きがまだありました。
帰りのドーハでのトランジット、何と10時間待ちです。
どうしようもないので、空港で急遽ビザを取得し、予備知識皆無、未知のカタールに入国することになりました。写真はエジプトではありません。カタールの砂漠です。
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エジプト旅行記(8)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時40分31秒
  全てのスケデュールが終わった最終日の夕方、しかしルクソールでもう一箇所見たいところが残っていました。ホテルから歩いていける場所にスークと呼ばれる市場があるのを予めチェックしていました。どこへいっても市場を覗くとその土地の人の生活が垣間見えるのでどうしても行ってみたかったのです。
表通りの賑やかなところを歩いていても、ひっきりなしに声をかけられます。
入り口から真ん中あたりまでは観光客目当ての店が多く、だれが教えたのかいきなり「ハラヘッタ」と声かけられ、その後も「ワンダラ(1$)」「ミルダケ(見るだけ)」など日本語が飛び交っています。途中から土産物やも少なくなってだんだん暗くなってきました。
道はゴミだらけ、ニワトリの生きたのや肉屋さんなど生活臭がしてきます。子供が走り回り
もう全く観光客はいなくなりました。気がついたらずいぶん奥まで来てしまったようです。
まだまだ先までありそうですが、ちょっと危ない雰囲気を感じてきたので引き返しました。
ただこの道を歩いている間中、イスラムのお祈りの時間だったのか大きな音量で祈りの声が鳴り響いて、それがずっと続いていました。いかにもアラブにやってきたなぁ~という雰囲気たっぷりで、インディージョーンズの映画の1シーンを思わせるひと時でした。
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エジプト旅行記(7)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時38分2秒
  ルクソール神殿の入り口です。
左側だけにオベリスクが建っていますが、本来は両側にあったそうです。
ヨーロッパでオベリスクを建てるのが大流行し、右側のオベリスクは現在パリのコンコルド広場に立っているそうです。替わりにフランスからもらった時計台がカイロのモハメドアリモスクにありました。
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エジプト旅行記(6)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時36分42秒
  カルナック神殿の巨大列柱です。
ピラミッドにしてもこの神殿にしても、5000年も前によくもこんな大きなものが作れたと感心します。現代でもこれほど大きなものを作ればびっくりしますね。
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エジプト旅行記(5)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時35分43秒
  古代エジプトで初の女王となったハトシェプスト。
その葬祭殿を訪れました。切り立った崖に作られた壮大な建物は当時の権力の大きさが伺えます。先の王家の谷もこのハトシェプスト女王葬祭殿も遺跡の近くまでは車で行くことはできません。駐車場から電気バスやトラクターが引くトレーラーに乗って行きます。
ナイル川をはさんで西側に王家の谷や葬祭殿があり「死の町」と言われています。
一方東岸にはルクソールの街やカルナック神殿、ルクソール神殿などがあり「生の町」といわれています。
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エジプト旅行記(4)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時34分12秒
  カイロからルクソールへナイル特急の寝台列車に乗りました。
2人部屋のコンパートメントになっていて、各部屋に洗面台までついています。
各車両に専属の世話係がついていて、食事の世話などしてくれます。
ただ、列車が何時ごろルクソールにつくのか、カイロのガイドに尋ねても知らないし、エジプトの列車は時間通りにつくのが奇跡といわれているので、乗り越しやしないかと気がかりでした(列車はルクソールの向こうのアスワンまで行きます)。一応部屋係に声をかけてくれるよう頼んでおきましたが、朝になっても、どうも寝坊しているらしくなかなか起きてきません。
通過する駅が何という駅なのか、アラビア語で書かれているのでさっぱりわかりません。
やはり寝坊したらしく急き立てられるように朝食をとり、ここがルクソールだ、という駅で降りました。
ルクソールで最初に向かったのはキングスバレーと言われる王家の谷、王様のお墓がいっぱいあります。写真は現在発掘中のものです。残念ながらお墓の中は撮影禁止でしたが、地中深く玄室まで続いている通路の壁と天井には古代の絵やヒエログリフという象形文字で埋め尽くされ、とても素晴らしいものでした。
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エジプト旅行記(3)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時32分19秒
  写真でみてもわかりませんが、ピラミッドは想像以上に大きく、一つの石が人の背丈ほどもあり、それを100万個?だったか積み上げたものです。昔は上まで登った人もあるそうですが頂上は非常に風が強く、吹き飛ばされて死亡した人もいて、現在では登頂禁止です。
そんなに大きなピラミッドやスフィンクスですので、一応写真のワンカットには収めていますが、ピラミッドからピラミッド、ピラミッドからスフィンクスなどへは車で移動します。
スフィンクスの視線の先にはKFC(ケンタッキーフライドチキン)があります。
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エジプト旅行記(2)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時21分5秒
  エジプト人(アラビア人)は人懐こくて面倒見が良く困っている人にはよってたかって面倒見てくれます。カイロに到着したときイミグレーションの中まで入ってきてビザを取ってくれたのでこの人がガイドさんだと思っていたらビザ専門で、バゲッジクレームで荷物を運びに来てくれた人もガイドでなく運転手で、やっと車に乗り込んだら後から後から人が乗り込んできて社長まで乗り込んできた。「私達2人をこんなに多くの人がガードしてくれて、エジプトは危険なのか?」と冗談をいったくらいでした。ちなみにこのときはまだ日本語ガイドのヘパさんは来ていませんでした。ただ油断していると何らかのチップ(こちらではバクシーシという喜捨)を請求されるのでこのときは緊張しました。実際ピラミッドの写真を撮っていると、いかにもエジプトの格好をしたおじいさんがきて一緒に写ってあげると言うので家内と一緒に写したら、1ドル請求された。うっかりラクダでも写したらバクシーシを要求されるのでもっぱら望遠で写していた。ピラミッドのラクダ使いは特にたちが悪く、いったんラクダに乗ろうものなら、自分で降りることができないのをいいことに、料金を吊り上げてくると聞いていた。だけどどうしてもラクダに乗っているシーンを撮りたかったので、ガイドに交渉してもらうことにし、たったの1ドルで乗せてもらうことになった。家内の写真をとったあと、お前も乗れというので乗ったら、やはり・・・2人だから2ドルだと請求され、しかしガイドがうまくかわしてくれた。
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エジプト旅行記(1)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)19時01分36秒
  2008年12月31日から休業し、2009年1月1日、2日とお正月を祝い、2日に墓参りと昼食会をしたあと、夜に日本を発ち、エジプトに向かいました。途中カタールのドーハで5時間のトランジット。
朝と昼の無料ミールクーポンをちゃっかりと手に入れましたが退屈な待ち時間をすごした後、カイロへ向かいました。カイロに着いたのは夕方でしたのでその日は観光無し。ホテルはデルタピラミッドという一応三ツ星ホテルでしたが、お風呂にはバスタブが無く、シャワーのみ。しかもほとんどお湯が出ないという代物でした。(アフリカではほとんど常識ですが)
トイレもインド式でお尻を洗う習慣があります。ただインドでは水差しが置いてあってそれで洗うのですが、ここエジプトでは洗浄ホースが備えられており最新式??です。ただ慣れるまでは使い方が難しく、へたするとそこら中水浸しになり服もぬれてしまいます。案の定空港などの公衆トイレはあちこちでものすごいみずをぶちまける音がして水浸しになっています。
家内は最後までこれを使うことができませんでしたが、痔主の私は快適に使用していました。トイレの話ばっかりになってしまいましたが、そのほかは快適でホテルの窓からピラミッドを見ることができました。
写真は左の人が日本語ガイドのヘパさん、右の人が英語ガイドのジョーンさん、そして写真を撮ってくれているのがドライバーさんで、カイロではこの3人が私達2人を案内してくれるという豪華?な旅行でした。バックはカイロの街でピラミッドの方を向いて写しています。
カイロの街のすぐ近くにピラミッドがあるのですがピラミッドから奥は果てしないサハラ砂漠となっています。つまり砂漠の一番端っこにピラミッドがありその横にカイロの街が栄えているといった感じです。
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アフリカ紀行(番外)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時46分2秒
編集済
  お土産です。
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アフリカ紀行(番外)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時44分49秒
編集済
  左上はジンバブエのお札です。ゼロの数を数えてみてください。1000億ジンバブエドル札です。1USドルと喜んで交換してくれたので、たぶんこれでもパン一つ買えないでしょう。想像を絶するインフレです。左側中ほどに発行年月日が2008年7月1日と印刷されています。これよりあとに印刷されたものは発行年月日ではなく使用期限が印刷されているらしいです。あとの5枚のお札は南アフリカ共和国で、ビッグファイブと呼ばれる動物達が印刷されています。通貨の単位はランドで1ランドは14円ほどです。
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アフリカ紀行(18)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時43分20秒
  クルーガーをいやアフリカを去るのがあと1時間ほどにせまったとき、レンジャーが上空に舞うハゲタカを見つけました。あの下にはきっと獲物を貪るライオンかヒョウかいるに違いない。ということで、決して降りてはならない車を降り、ピストルや銃を持ったレンジャーに挟まれてオッカナビックリでブッシュの間を進んで行き、間もなく見つけたのが写真のインパラの仔の屍骸でした。チーターの仕業ということでした。ちなみにサバンナではないそうです。ほんとうに綺麗に食べられていましたが、頭はまだ温かい体温が残っていました。目玉までなくなっているのは鳥が食べたためだそうです。
ということで、お昼の飛行機に乗り、各地で乗り継いで無事日本に帰ってきました。今回の旅行では10回飛行機に乗りました。
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アフリカ紀行(17)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時41分58秒
  キリンは体が大きいのに小さな糞をします。ビーダマぐらいの糞を何個か拾っていたレンジャーが、今からあるコンペティションをします。今日はドイツ、フランス、アメリカ、中国、あ、日本人もいますね、代表を出してください。
このラインにたって、キリンの糞を口の中に入れ、唾液でまぶして滑らかにしてください。
そして思い切り吹き出してどれだけ飛ばせるか競争します。私は辞退しました。
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    ↓
 

アフリカ紀行(16)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時40分14秒
  7日目、早朝のウォーキングサファリにて。前後に銃を持ったレンジャーに守られながら徒歩のサファリ。仔ライオンも一緒です。後ろのほうからチーターのサバンナもついてきています。
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アフリカ紀行(15)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時38分57秒
  玄関の部屋が一つ、ベッドルーム、トイレとシャワー。マラリア汚染地区なのでベッドには蚊帳がセットされています。ナイトサファリから帰ってきたら、この家の周りをジャッカルがうろうろしていた。ここはアフリカ。そういえばビクトリアフォールズで朝の散歩に出かけた観光客が象に襲われたらしい。
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アフリカ紀行(14)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時36分9秒
  途中でこんなものが無造作にころがっています。
生きた動物をたくさんみるより、アフリカを強く感じます。
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アフリカ紀行(13)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時35分6秒
  バッファローのアップです。日本の牛をイメージしていたら大間違いで、ものすごく大きくて非常に危険だそうです。全身筋肉のこいつの肉は硬くてあまり美味しくなかった。アフリカのサファリでは望遠レンズが大活躍します。シマウマなどの敏感な動物はほとんど近寄れないので、肉眼ではほとんど見えませんが、写真にはバッチリ写っていました。
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アフリカ紀行(12)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時32分57秒
  動物の活動が盛んになる朝と夕方にサファリにでかけます。ランドクルーザー(すごく大きなジープ)を改造して屋根とドアを取り去り後部に乗客用のベンチをとりつけたものに乗っていきますが、こんなスケスケのもので大丈夫かいなと思います。ドライバー兼ガイド(レンジャー)が銃を持参で案内してくれますが、足跡や糞の状態などで判断して見事に動物の居場所へ導いてくれます。
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アフリカ紀行(11)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時31分26秒
  お世話になったシュクドゥー・ゲームロッジのプールサイドにて。
飼い猫ならぬ飼いチーターのサバンナ嬢。狩りをしてきたのか、口の周りに血をつけて、御昼寝の時間です。こわごわ頭をなでていますが、頭と背中は大丈夫だそうで、それを聞く前にシッポをさわったもんだから「ガァッ」と頭を起こして威嚇されました。びっくりした。
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アフリカ紀行(10)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時29分39秒
  6日目、ケープタウンからヨハネスブルクで乗り換え、双発40人乗りの小さなプロペラ機でクルーガー国立公園近くのホエドスプリッド空港に到着しました。とても小さな空港で、預け荷物のピッキングはベルトコンベアではなく、なんとトラクターが引っ張ってきた荷車から屋外で受け取りました。迎えにきてくれたロッジの女将も日本人の私達をすぐに見つけてくれました。
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アフリカ紀行(9)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時27分56秒
  ケープタウンのウォーターフロント(ここは比較的治安が良い)で降ろしてもらい、あらかじめバリーに予約を入れてもらった「QUAY FOUR(キューフォーと読む)」で夕食。イセエビ、牡蠣、ダチョウの肉など食べた。写真に写っている店で、ここからもバックにテーブルマウンテンが見える。
地元のスーパーに入ってみた。お土産用にコーヒー豆、紅茶など買う(土産物屋よりよっぽど安くて良い)。大きなステーキ用の肉が1枚日本円で200円~300円で売っていた。さすが肉食圏の国。
帰りのタクシーを捜しに歩いていてうっかり人通りの少ない道に迷い込んだ。案の定、暗がりから女が出てきてお金をせびる。ここでお金をあげようと財布でも出そうものなら、「後ろから別の男が走ってきてひったくられる」と聞いていたので、急いで人通りの多い場所へ移動した。ここは南アフリカ、絶対に油断できない。
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アフリカ紀行(8)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時26分11秒
  ボルダーズ・ビーチのケープペンギン。駐車場に車を置いて、ビーチに出るまで静かな住宅街を通っていくが、ときどきこの住宅街の道を歩いているペンギンに出くわす。あとをつけていくと、どうやら民家の庭に巣を作っているらしい。
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アフリカ紀行(7)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時25分0秒
  教科書にでてきた喜望峰(あのバスコ・ダ・ガマの)。
よくアフリカ最南端と間違われるけど南西端です。最南端は東へ160km離れたアグラス岬。
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アフリカ紀行(6)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時23分37秒
  この日はバリーさんの車でケープ半島の観光です。
船でドイカー島へ(上陸はできません)。オットセイの群れを見に行きました。
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アフリカ紀行(5)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)12時21分46秒
  4日目、ジンバブエ側から滝をみたあと、飛行機でケープタウンへ向かいます。このとき少しトラブルがありました。
予定時刻を大幅に遅れてビクトリアフォールズ空港を飛び立った飛行機は、少しも高度を上げることなく(おかげで上空から滝の写真が撮れましたが)、ほどなく着陸してしまいました。みていると給油しているようです。しかもここは隣のザンビアにあるリビングストン空港のようです。この給油のせいで更に1時間ほど遅れてやっと離陸。すこしも悪びれることなく、おわびのアナウンスも聞かれませんでした。よくあることなんですかね。ヨハネスブルクからケープタウン行きに乗り換えるはずが、飛行機は行ってしまったあとでした。途方に暮れましたが、気を取り直してカウンターで交渉し(このときも空港職員を装った怪しいヤツがしつこく親切そうに「お世話」しようとします。あげくチップを要求。当然無視)ようやく夜の便に乗ることができました。このとき団体客は涼しい顔でしたが、個人旅行はこんなときつらいですな。ホテルには深夜到着。
5日目、ものすごく良い天気。ケープタウンの名物ガイド・バリーさんも昨日まで天気悪かったのに、冬にこれほど良い天気は珍しいとのこと。
予定にはなかったテーブルマウンテンに登ることにしました。写真は頂上からケープタウンを望んだところです。
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アフリカ紀行(4)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)11時57分40秒
  岸辺に水を飲みにやってきた象の群れです。とてもかわいい子象もいました。ボツワナは世界で一番象が多く棲息しているそうです。
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アフリカ紀行(3)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)11時56分48秒
  ボツワナのチョベ川をボートサファリします。見渡す限り、カバをはじめバッファローやインパラ、多種の鳥類、ワニ、とかげなど近景、中景、遠景の水平線に至るまで多くの動物の群れが点々と見られ、その雄大な景色にしばし呆然とします。
2日目夕のザンベジ川サンセットクルーズのときにもカバを見かけましたが、水面から眼と鼻が出ているだけで、「カメラを構えると水中に消える」のくりかえしでした。写真のように多くのカバが陸上にいるのはなかなかみられません。
ガイドによると、カバは大変獰猛で、地元の人にはライオンより恐れられているそうです。
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アフリカ紀行(2)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)11時55分25秒
  3日目、マイクロバスでボツワナへ向かいます。今回の旅行はガイドが全て英語で、国が変わるたびにガイドが変わります。同じ国でも日によって違うガイドになったりで、チップを渡すタイミングに悩みました。
ボツワナ入国時、口蹄疫持込を防止するため車は消毒液の入った浅いプールをわたります。人間は消毒液のマットをピチャピチャと歩きます。前日のザンビアも今日のボツワナも出入国管理事務所?は小さな掘っ立て小屋みたいなところで簡単に済みます。ただビザの値段は通る人の国籍によって違うようです。ザンビアのビザが高いといいましたが、アメリカ人の場合はもっと高いそうです。アメリカがザンビアに経済制裁しているからだそうです。
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アフリカ紀行(1)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)11時53分34秒
  8月10日午後6時10分、関空発キャセイパシフィック507便に乗り、香港で南アフリカ航空に乗り継ぎ、更にヨハネスブルグで乗り換えて、ジンバブエのビクトリアフォールズに到着したのが11日の12時25分(日本時間で19時25分)。乗り換えも含めて約25時間かかったことになる。ほんにアフリカは遠いなぁ~。
ジンバブエのビクトリアフォールズではザンベジ川のほとりにあるメルキュール・ア・ザンベジリバーホテルに2泊し、隣接するザンビアやボツワナへ出かけていきます。
世界3大瀑布ってご存知ですか? 北アメリカの「ナイアガラの滝」、南アメリカの「イグアスの滝」、そしてアフリカの「ビクトリアの滝」です。
ジンバブエからバンジージャンプで有名な橋を渡ると向こう側はザンビアです。両国にまたがっているので初日はザンビア側から滝を見ました。乾季で水量が少なく迫力に欠けましたが、水量の多いときは舞い上がる水煙でほとんど滝は見えないそうです。もちろん観光客はカッパを着ていても上から横から下からの水攻めでびしょぬれだそうです。
滝の落差は約100m、巾は1.7km。
それにしてもザンビアの入国ビザは50ドル。たった2~3時間の滞在にしては高かった。つい最近まで日帰りのビザは10ドルだったのに。
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南アフリカ旅行

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月25日(水)11時48分53秒
  2008年8月10日から18日まで、ジンバブエ、ボツワナ、ザンビア、南アフリカ共和国の4カ国をまわってきました。
今回の旅行は治安の面でかなり心配しながら、とうとう出発の日を迎えることになりました。
外務省の海外渡航危険情報というのがあって、4段階で危険度が表示されています。今までいったことがある国で、ベトナムや中国は一部の地方を除いて何も書かれていませんが、インドや今回のアフリカは「十分注意してください」となっています。ただジンバブエだけは更にその上のランクで「渡航の是非を検討してください」となっており、自己責任でいくことになります。旅行会社からも念書をとられました。最近のニュースでもやっていましたが、ジンバブエは大統領選挙に絡んで反対勢力(ほとんどの国民ですが)に対して弾圧を加えたり殺戮がくりかえされており、またそれに対して暴動が起きたりしています。
これとは別に、各地へ移動するときに基点となるのが南アのヨハネスブルグですが、この町は世界一危険な町と言われています。アパルトヘイトがなくなり黒人が都市へ流れ込んだために職が無くなりそのことが更に治安面に悪影響を及ぼすという悪循環になっています。
ホテルから歩いて駅へ着くまでに1.5回強盗にあうと言われます。途中で強盗にあうと、そこから駅へたどり着くまでに更にもう一回強盗にあうということです。
必ずタクシーを利用するように言われますが、乗ったら必ずドアロックし、交差点では赤信号でも止まるな、故障しても車外に出るなと言われます。
しかし幸なことに今回は何事も無ければヨハネスブルグでは飛行機の乗り換えだけで、町にはでません。多分空港の中ではそんなに危険ではないだろうと思います。
 

カンボジアの思い出(30)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)20時07分37秒
  何かくれました。
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カンボジアの思い出(29)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)20時03分53秒
  井戸の前で記念写真。
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カンボジアの思い出(28)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)20時02分59秒
  ハンモックがみえる。ハンモックはカンボジアではよく使われている。
この家の外にも木と木の間にかけられていた。
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カンボジアの思い出(27)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)20時01分57秒
  台所では夕食の準備が。今夜のおかずは??
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カンボジアの思い出(26)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時59分54秒
  井戸の近くの民家。いかにもカンボジア式の家、風情があるというか・・・
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カンボジアの思い出(25)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時58分53秒
  今まで使っていた井戸。こんな水が飲めるの?
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カンボジアの思い出(24)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時57分42秒
  車を降りて道無き畑を歩いて、向こうのほうに見えるヤシの木あたりが目的地らしい。
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カンボジアの思い出(23)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時56分32秒
  一行は私達夫婦と女性のガイドさんとオンボロベンツを運転してくれたドライバーさん、それに私達のガイドさんもドライバーさんも井戸の場所がわからないので、私達一行を案内してくれる現地のガイドさんとドライバーさんがトゥクトゥクでベンツを先導してくれるという総勢6名、なんともたいそうなことになりました。
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カンボジアの思い出(22)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時54分26秒
  カンボジアでは飲料水の事情が大変悪く、浅い汚れた井戸水やあの黄色く濁った川の水を飲んでいる人が多いそうで、そのために多くの人々、特に子供達が病気で亡くなっているそうです。また遠くの井戸や川へ水を汲みに行くのが子供達の日課になっており、そのために学校へ行くことができない子供達も多くいるそうです。今回のカンボジア旅行に際して、少しでもお役に立てればということで、井戸を寄贈することになりました。
写真はその井戸を訪問するために走った田舎道です。
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カンボジアの思い出(21)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時53分4秒
  シェムリアップ近郊の小学校訪問。
案内してくれた女性のガイドさんがこの小学校で恩師にバッタリ再会!
昔はすごく厳しい先生だったけど今は温厚な校長先生。
写真は1年生の教室。スズケンにもらったボールペンとテープ式のイレイサーをプレゼントしましたが、イレイサーはちょっと難しかったかな?テープをビヤーと引っ張り出していた子がいた。先生もわからなかったかな?
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カンボジアの思い出(20)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時50分42秒
  水上生活者の家
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カンボジアの思い出(19)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時49分54秒
  デスクトップにいかが?
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カンボジアの思い出(18)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時49分4秒
  もう一つあげたら、ヒゲのおじさんにも貸してくれました。
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カンボジアの思い出(17)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時46分44秒
  こちらのお嬢ちゃんもあめ玉をあげたら、ペットのニシキヘビと一緒に最高の表情をしてくれました。
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カンボジアの思い出(16)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時45分19秒
  バナナ売りの少年。あめ玉をあげてポーズ。
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カンボジアの思い出(15)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時43分41秒
  我々の船に近づいてきたファミリー。何か言いたかったのかな?
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カンボジアの思い出(14)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時42分28秒
  この船にも働き者の女の子がジュースを売りに来ます。
誰も買わないので1本も売れていないようでした。
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カンボジアの思い出(13)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時41分31秒
  水深が浅いため、船の後ろに突き出たスクリュウは深さを調節できるようになっています。
写真のように多くの対向船とすれ違いますが、水深が浅くスクリュウの半分が空中に出ているので、油断していると汚い水をかぶることになります。地元の子供達はこの川で泳いでいましたが、われわれは危険な「なんとか住血吸虫」とか言う寄生虫がいるのでうっかり水にはは入れません。
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カンボジアの思い出(12)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時39分55秒
  雨季には琵琶湖の10倍、乾季でも3倍の大きさがあるトンレサップ湖へ船で向かう途中、水上生活者達の小学校です。(船の上に学校が乗っています)
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カンボジアの思い出(11)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時38分40秒
  オールドマーケットは旅行者がお土産を買うために必ず訪れますが、私が行きたいのはその一角にある生鮮食料品売り場です。鳥や魚や肉をさばくのでとても臭く、ハエがいっぱいたかっていますが、その土地の人々の生活が垣間見られます。写真は比較的綺麗な果物売り場です。カンボジアの通貨はリエル。4000リエルが1ドルで約100円です。およそ1日の日当に相当します。
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カンボジアの思い出(10)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時37分12秒
  いかにも「熱帯地方の風景」なのでシャッターを切りました。
背の高い砂糖ヤシ、背が低くて葉っぱが多いココナツヤシ、バナナの木、黄色く濁った川、高床式の家。自分だったらここに暮らせるだろうか?
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カンボジアの思い出(9)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時35分56秒
  シェムリアップ市内の孤児院を訪問しました。
カンボジアでは長く続いた内戦やその後に残っている地雷などで両親を失った子供達がたくさんいます。店にあった正露丸のラッパやコルゲンのケロチャン、問屋さんに呼びかけて寄付していただいた文房具など2つのバッグに詰めて持って行きプレゼントしました。
2歳位の男の子が私の手を繋いで離そうとしないのが心に残りました。
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カンボジアの思い出(8)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時34分0秒
  高床式の家に住んでおられる一般の家庭を訪問させていただきました。
カンボジア、特にこの地方では雨季には川の氾濫が起こり、乾季には動物達から身を守るためにほとんどの家がこのような高床式になっています。部屋は無く1室のみで娘さんが年頃になると一角に囲いをして小さな部屋をつくってあげるそうです。日本からのお土産にご飯にかけるフリカケを差し上げてとても喜ばれました。
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カンボジアの思い出(7)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時32分31秒
  最も楽しみにしていた タ・プローム寺院です。
ガジュマルの木に征服されたこの遺跡はとても有名で、どこかできっとご覧になったことがあると思います。
建物の石の間や床下にまで進入した樹木の枝や根っこが遺跡を崩壊させていて、観光的には独特の景観を与えてくれているのですが、これを取り除くと遺跡の更なる崩壊につながり、放置しても更に進入が進んでいずれは崩壊するという、どうしようもない状態に陥っています。ジャングルの中で建物を放置するとあっというまにこのように大自然に取り込まれてしまう様を目の当たりにしました。
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カンボジアの思い出(6)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時30分39秒
  ご存知アンコール・ワットの夜明けです。
この写真からもわかるように、アンコールワットは西向きに建てられています。
ですから午前中は逆光になるため、通常の観光は午後からとなります。
午前中アンコール・トム、午後からアンコール・ワットというパターンが定着しています。
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カンボジアの思い出(5)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時28分41秒
  上から見た景色。ジャングルの真ん中にあるのがわかる。
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カンボジアの思い出(4)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時27分15秒
  遺跡の階段はキツイ!
角度が60度以上ある上に巾が狭いので、足を横向きに置かないと登れない。
ガイドの説明によると、神様のために作られた階段で人間のことは考えられていないそうです。
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カンボジアの思い出(3)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時26分0秒
  インドで乗れなくて悔しい思いをした象さん。念願かなって乗ることができました。ただし残念ながら自分達が乗っている写真を撮ることはできませんでした。
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カンボジアの思い出(2)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時25分0秒
  午前の観光と午後の観光の間に昼食と2時間ほどの休憩(昼寝の時間)があるのもうなずけます。時間がもったいないからと、この時間帯に張り切ってうろうろすると、あとの日程に確実にひびいてきます。写真は土産物売りの女の子。カンボジアの子供はよく働きます。飴玉をひとつあげて、はいポーズです。
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カンボジアの思い出(1)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時23分38秒
  2008年ゴールデンウイークにカンボジアへ行ってきました。
この時期、乾季の終わり雨季の始まりかけでしたが、さすが熱帯、38度90%はこたえました。写真はアンコール・トムのバイヨン寺院で、この像かはわかりませんが京唄子に似た顔があるということでした。
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インドの思い出(町の様子)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時21分1秒
  地方の町の様子。日常に必要なものはみんなこの町へ買いにくるのだろう。小さな町だけど大勢の人でとてもにぎやかだ。
にぎやかなのは人だけではない。いろんな動物が普通??にいる。白い牛、黒い牛(ヒンドゥー教徒は牛を聖なるものとしている)飼い牛、野良牛、豚?猪豚?(イスラム教徒は豚を不浄なものとして食べない)、水牛、いっぱいいる犬(狂犬病のがいるのでコワイ)、やぎ、羊、鹿、猿。
地平線までえんえんと砂漠の道路に、どこに住んでいるのだろうと不思議な猿の群れ。公園にはリスまでいた。それから公園といえば、インコ(オウム?)がいっぱいいた。
牛の落とした糞はとても大切にされ、手でペッタンペッタンと直径20cmくらいの円盤状にして屋根の上などで乾燥させます。これは大変重要な燃料となり、家庭では料理に使いますが、この地方の住居の原料であるレンガを焼くのにも使われます。ですからレンガ工場の横にはおびただしい量の燃料が積み重ねてあります。
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インドの思い出(らくだ)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時18分38秒
  高速道路?でみかけたラクダの隊列。ラクダの駐車場?みたいなところがあって、そこにはほんとにたくさんのラクダが休んでいた。
ラクダ?ていうと月の砂漠にいるエジプトやアラブのラクダしか想像していなかったので、インドにラクダがいるのが本当に意外だった。
しかし考えてみるとシルクロードの輸送手段の一つがラクダだったのだから不思議ではないね。
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インドの思い出(ゾウさん)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時17分8秒
  田舎の村でみかけたゾウさん。観光地でお客を乗せたりするのもいるけど、荷役など重労働で活躍しているゾウさんもたくさん見かけた。日本では動物園でしかみかけない珍しい動物だけど、ここインドではごく普通に家畜として働いていてとても大切にされているようだ。顔には化粧がほどこされている。
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インドの思い出(楽器少年)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時15分36秒
  小さな町のレストランで食事をしていると、ターバンを巻いた少年が何やら演奏している。よ~く耳を澄ましていると確かに聞き覚えのある曲だ。「サイターサイターチューリップノハーナーガ~♪」
手招きしてチップをあげたのは言うまでもない。
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インドの思い出(子供たち)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時14分29秒
  日本では義務教育は政府がお金を出してくれますが、インドでは自分で出さないと学校へ行けません。貧富の差が大きく貧しい人たちが多いインドでは当然学校へ行けない子供たちが多くいます。そのためか子供たちは生活力がたくましく、観光客、特に日本人を見つけるとあっというまに集まってきてセールスがはじまります。
製薬メーカーからもらったボールペンがたくさんあったので持っていきましたが、これが大いに役に立ちました。観光地で群がってくる物売りには効果的で、絵葉書や写真と交換です。チップの小銭がないときにトイレ番の人にあげても(ちょっともったいないかも)喜ばれます。またお買い物で値切るときに、これを取り出すとずいぶん値引き額が変わってきます。1枚下に着ているシャツの胸のポケットに挿してあっても目ざとく見つけられてしまいました。
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インドの思い出(タージマハル)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時12分23秒
  美しさもさることながら、その大きさに驚いた。
大理石にほどこされた模様は描かれたものではなく、さまざまな色の宝石をはめ込んだもので、気の遠くなるような根気と熟練と年月を要したらしい。
完成後、その熟練工は2つと同じものを作れないように殺されてしまったそうだ。
入り口は警備が厳しく、空港のと同じ金属探知機のゲートをくぐったあと、ライフル銃を持った警官にボディーチェックされた。
また、土足厳禁のため、はだしになるか、靴の上からビニールのカバーをしないと中へ入れてもらえない。
四隅にある4本の塔はほんのわずかだが、外へ傾けて建てられている。地震のときに外側へたおれるようにしてあるらしい。
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インドの思い出(ヘビ使い)

 投稿者:哲男  投稿日:2009年 3月24日(火)19時08分38秒
編集済
  2008年お正月は予告どおりインドへ行ってきました。
とても寒かったです。
 

お知らせ

 投稿者:哲男メール  投稿日:2003年 7月22日(火)19時12分27秒
  投稿者による記事の編集と削除ができるようになりました。
このページの一番下に「管理者メニュー」というボタンがありますので
それを押してください。
 

7月20日半夜 若狭大島「庄栄丸」

 投稿者:哲男メール  投稿日:2003年 7月22日(火)16時57分19秒
  港に着いたときはドシャブリで、どうなることかとおもっていましたが、
海に出たらやんでしまい、また曇り空で陽射しも強くなく快適でした。
いろんなのが釣れて結構楽しめました。
タイとアジは刺身と塩焼きに、アコウは煮付けにしました。
高価なマイカは刺身以外考えられなくて、多すぎましたが2はいを
本店にあげた他は、全て刺身にしてしまいました。
あー、美味かった。
釣果のページは下を↓クリックしてね。

http://miyakoaa.tripod.co.jp/030720.htm

 

イカ釣りに行ってきました

 投稿者:哲男メール  投稿日:2002年 5月27日(月)18時22分51秒
  25日(土)、店を早めに閉めて、午後8時前に出発。
11時の乗合船に何とか間に合いました。
釣り場まで約50分、海は凪いでいたけど、スピードの速い船なので
かなり揺れる。前回大酔いした妙子が心配でしたが、今回は大丈夫でした。
明るい満月の大潮で、釣果が心配でしたが、100位はつれるだろうと
クーラーボックスを2つも持っていったのがそもそもの間違い。
結果はさんざんで、妙子3はい、私12はい。食べるのに丁度よい
位の数だと負け惜しみを言いながら、朝の6時に帰港しました。
眠い目をこすりながら、家に着いたのが朝の9時。それからイカをさばきます。
刺身用、ゲソ、残りはつるして一夜干しに。
写真は下のアドレスをクリックしてください。
「釣果と小言」で5月25日の下のほうにある「釣果写真」をクリックすると
見覚えのあるおじさんとおばさんが出てくるぞ~。

http://www2.inetpia.ne.jp/shoeimaru/index1.html

 

へぇ~

 投稿者:哲男メール  投稿日:2002年 5月 2日(木)17時31分52秒
  逆立ちしてするの?
どんな格好になるのか想像つかないなぁ。
抜け毛のほうは、ミミはもう終わったみたいです。
 

ミミちゃんとコナツ

 投稿者:由香里  投稿日:2002年 5月 1日(水)20時34分24秒
  私もそのご対面みたかったなあ。
コナツはもうじき7才のおばさんなので、若い犬に遊びに誘われてもうるさがるのです。
ウーとは言いますが本気で噛まないと思います。
いつからか足をあげておしっこすることが多くなりましたね。
逆立ちしてすることもあります。テレビでもそんな犬みたことあります。
毎年の事ながらこのごろ抜け毛がすごくていやになりますね。
せっかく掃除したのにコナツがブルブルっとしたらもう毛だらけです。
掃除機は出しっぱなしです。
 

ミミとコナツちゃん

 投稿者:哲男メール  投稿日:2002年 4月29日(月)09時34分29秒
  昨日の朝(日曜日)、本店へミミを連れて行って、コナツちゃんに引き合わせました。
お互いに臭いで挨拶していましたが、そのうちコナツちゃんが「ウ~ッ」と唸りだし
たので止めて、一緒に散歩に行きました。コナツちゃんが先に行くとミミがそちらへ
行きたがって引っ張るので、ミミが先に歩きました。途中何回かミミがコナツちゃんに
ちょっかいをかけるのですが、コナツちゃんは嫌がっているようでした。
ところで、コナツちゃんはメスなのに足をあげてオシッコをするんですね。これは
最初からでしたか?それとも他の雄犬の行動をみて学習したんでしょうか?不思議な
光景でした。
 

その後

 投稿者:哲男メール  投稿日:2002年 4月25日(木)09時15分9秒
  何ともなかったように元気にしています。
今朝も普通に散歩行きました。
連休にコナツちゃんを本店に預けるそうですね。
一度ミミと「ご対面」させようかな。
 

心配だね

 投稿者:由香里  投稿日:2002年 4月24日(水)12時18分12秒
  ミミちゃんその後どうですか?心配ですね。コーギーを飼ってる横浜の友達も同じようなことを
言ってた気がします。フローリングは足がすべるからそれも一因かもね。
いたずらしてもいいからやっぱり元気にしててくれるのが一番ですね。
お大事に。
 

ミミの足が・・・

 投稿者:てっちゃんメール  投稿日:2002年 4月23日(火)11時03分54秒
  今朝起きたら、ミミが歩けなくなっていました。
右足が効かなくなって、3本足でようやく歩いています。
シビレがきれたのかとしばらく様子をみていましたが、なおるようすはなく
少し歩いてはお座りをして、こちらを見ています。
胴の長い犬は椎間板ヘルニアになりやすいと聞いていたので心配しましたが、
そのうち布団をあげているとじゃれついてきて飛び上がったと思ったら
その時瞬間に治っていました。
以上の様子から脱臼を疑い、獣医の診察を受けたところ、やはりそうでした。
屋外で走らせて見てくれたそうですが、走り方も座り方も少しおかしいそうで、
足が弱いということでした。飛び上がったり、チンチンしたり等後ろ足に負担が
かかるとまたなりやすいということでした。
 

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