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情熱・誠実・持続。

 投稿者:三方限古典塾の塾生 納利一 78歳  投稿日:2018年 4月23日(月)06時49分19秒
返信・引用
   情熱・誠実・持続が理想を現実にしてくれるのではなかろうか。
 
 

先祖に感謝・孫たちに期待。

 投稿者:三方限古典塾の塾生 納利一 78歳  投稿日:2018年 4月23日(月)06時40分44秒
返信・引用
   先祖に感謝・孫たちに期待。人類の健康・調和・永続のために。

 「孫たちの未来。甲突川」をキーワードに検索すると、「孫たちの未来ともの会。」、「鹿児島市医報:学校保健の健康から人類の健康と永続を。」、「甲突川最期のメッセージ。」などがヒットする。
 

Re: われにきびしく。

 投稿者:fuusan53  投稿日:2018年 4月23日(月)00時10分11秒
返信・引用
  > No.3337[元記事へ]

三方限古典塾の塾生 納利一先生へ

 振り返って見ますと、何の義務も無いのに私が勝手に返信行為に暴走気味で、
皆さまに大変なご迷惑をおかけして、大変申し訳なく存じます。

 今回は題名とは関係の無いことですが、
甲突川の健康よりも、まずは自分の健康からと謂うところで、
葛根湯の御世話になり方です。

 寒暖激しきこの頃、職場に咳やマスクをされた方々が来られます。
時期おそく、奥手の私も、やっとウィルスが体内を駆け巡り、少々喉の具合が不調。
葛根湯のおかげで小康状態になり、改善。どうも ありがとうございます。

 今、秦氏の研究(熱中)から、⇒ ユダヤ人と日本人の同祖論の読書に熱中しております。

 これからは隠れた一愛読者に専念したいと思います。


>  われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。みんなの範囲をよりひろく。世界のみんなが幸せ世界平和。私たちを嫌っている人々も幸せ。地球の全生物が幸せ地球調和。人類を嫌っている生物も幸せ。人間・社会・自然・地球の健康・調和・永続のために。
>
>  この地球を生物を育む星として永続させたい。
>
>  みんなの地球を、みんなのために、よりよい星に。
>
>  「われにきびしく。」をキーワードに検索すると、「鹿児島市医報:われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。」などがヒットする。
 

われにきびしく。

 投稿者:三方限古典塾の塾生 納利一 78歳  投稿日:2018年 4月22日(日)15時55分35秒
返信・引用
   われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。みんなの範囲をよりひろく。世界のみんなが幸せ世界平和。私たちを嫌っている人々も幸せ。地球の全生物が幸せ地球調和。人類を嫌っている生物も幸せ。人間・社会・自然・地球の健康・調和・永続のために。

 この地球を生物を育む星として永続させたい。

 みんなの地球を、みんなのために、よりよい星に。

 「われにきびしく。」をキーワードに検索すると、「鹿児島市医報:われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。」などがヒットする。
 

Re: 三方限古典塾(平成30年4月19日)での学びと気づき。

 投稿者:fuusan53  投稿日:2018年 4月21日(土)01時42分2秒
返信・引用
  > No.3335[元記事へ]

三方限古典塾の塾生 納利一先生へ


『目には見えないが、人にとって欠かせない大切なことがある。それは心で見るべきことである。
 論語:天は何も指導していないけれども、四季は自然とめぐり、諸物は生育している。』

   心の眼で視ることを「心眼」と謂いますが、
   コトバではタヤスイデスガ実際は難しいです。

   わたしも何とか求道者への道を目指しては居るのですが、
   雑念や雑感が多く、とてもとても『心眼』を得るところまで行きそうにありません。
   「四季」、天地現象なりと。

『争いが起きるのは、双方とも欲が深いからである。
 双方とも譲るなら、争いは起らない。
 それよりもさらに望ましのは、柔らかい方が 固い方を軟化させ、 譲ることで
 欲深い相手を感化させることである。』

『柔道では受け身を重視する。
 受け身の練習は負ける練習である。
 勝っても負けても、ありがとうございました。
 精力善用・自他共栄。』

  ここの掲示板で、深い真『マコト』の部分を語ることは出来ませんが、
  「争い」について、古人は縦「一」と、横「一」の交わり、『十』を以て、表わしています。
  『AI』は、「0」と「1」で思考が出来ているようですが、ここでは「10」の『十』に成ります。

  『十』、これを以て、「天下 和さざる無し」と。
     『対すれば、即ち和し』と。一九十、二八十、五五十、、、と。

  『心眼』、「明鏡止水」に現れ。
        西郷南洲翁は「止水」という号を使用されていたとかどうかとか。

◯取り留めの無いコトバばかりで申し訳ありませんが、以上のようなことであると思います。

 「私たちは皆モットモット病の患者である。生活習慣病と同じように生涯そのコントロールを
  続けなけれはならないのがモットモット病である。」

  「敬すれば慎み、慎むとすべての務めはうまく修まり行はれる。怠ればすべて敗れ壊れる。
  政治に携わる方々には、敬の心を忘れずに身を慎み、国を滅亡させないよう願いたいものである。」

>
 われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。
>
>  島津いろは歌:いにしえの道を聞いても唱えてもわが行いにせずば甲斐なし。
 

三方限古典塾(平成30年4月19日)での学びと気づき。

 投稿者:三方限古典塾の塾生 納利一 78歳  投稿日:2018年 4月20日(金)14時08分39秒
返信・引用 編集済
   目には見えないが、人にとって欠かせない大切なことがある。それは心で見るべきことである。
 論語:天は何も指導していないけれども、四季は自然とめぐり、諸物は生育している。

 争いが起きるのは、双方とも欲が深いからである。双方とも譲るなら、争いは起らない。それよりもさらに望ましのは、柔らかい方が固い方を軟化させ、譲ることで欲深い相手を感化させることである。
 柔道では受け身を重視する。受け身の練習は負ける練習である。勝っても負けても、ありがとうございました。精力善用・自他共栄。
 私たちは皆モットモット病の患者である。生活習慣病と同じように生涯そのコントロールを続けなけれはならないのがモットモット病である。

 敬すれば慎み、慎むとすべての務めはうまく修まり行はれる。怠ればすべて敗れ壊れる。
 政治に携わる方々には、敬の心を忘れずに身を慎み、国を滅亡させないよう願いたいものである。
 われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。

 島津いろは歌:いにしえの道を聞いても唱えてもわが行いにせずば甲斐なし。
 

Re: 老人とは何か。

 投稿者:fuusan53  投稿日:2018年 4月19日(木)23時04分20秒
返信・引用
  > No.3325[元記事へ]

三方限古典塾の塾生 納利一先生へ

 わたしは、『老い』と謂うものを考えておらないので、実感が無いですが、
自分の行動やら、考え方などを細かくデータ化して、PCに記録しておきます。

 いつの日にか、電脳に移植する機会が与えられるかどうか。
移植が可能であれば、カラダの動きも体系化して、データにしておく。

 クローン人間化でなくても、機械的に可能では無いかと、
途方も無くアホなことを空想して、
暇あるときに、データ化に励んでおります。

 永遠に残る人間は、価値ある者が良いに決まっていますが、
アホは、アホなりにアホな事を考え、ボチボチと夢を描いております。

 『活きる』ことを考えるのも面白いと思っています。


>  老人は、どう考え、どう生き、どう死んだらよいか。
>
>  人生の健康は生死哲学の健康から。
>
>  子どもの生死哲学。青年の生死哲学。盛年の生死哲学。壮年の生死哲学。老人の生死哲学。
>
 

Re: 病院とは何か。

 投稿者:fuusan53  投稿日:2018年 4月19日(木)22時46分7秒
返信・引用
  > No.3324[元記事へ]

三方限古典塾の塾生 納利一先生へ

 ロボットなんかに自分の体を見て欲しくないと言ふ人が居るそうですが、
いまAIが医療従事者に代わる時代が予想されているようです。

 2020年の東京オリンピックでは、ロボット(無人)タクシーの実現化うを目指してゐるらしい。
人間が行なうものが、次第にAI化していく方が早い状況。
 我々が考えている以上に進化しているらしい。

『病院も消防署と同じように、常日ごろは ゆとりをもって診療しながら、
 医療人の資質の向上と 次の時代の医療人づくりに 多くの時間を注ぐべきであろう。』

 AIに多くの学習をさせるのも人間でアル以上、人材づくりがダイジであることは変わりません。
 どんな時代が来るであろうかと思い方です。


>  鹿児島市立病院・米盛病院などが新築移転し、今村総合病院・天陽会中央病院などが新築された。今給黎総合病院・高田病院などの新築移転が予定されている。

>  4月14日(土)新築の病院を見学し、鹿児島厚生連病院完成祝賀会に出席させてもらった。これを機会に、病院とは何かを考えてみたい。

>  消防署は非常時に備えて、日ごろは消火訓練と防火活動を行っている。もし出来高払いで消火活動に使用した水の量に応じた給与だったら、どうなるだろうか。

>  病院も消防署と同じように、常日ごろはゆとりをもって診療しながら、医療人の資質の向上と次の時代の医療人づくりに多くの時間を注ぐべきであろう。

>  例えばの話であるが、川の魚の健康のためにと、魚の病院をつくり、高度な医療を施し続けたとしたらどうなるだろうか。上流の森に木を植えて、水を健康にすれば、千年後もその魚の子孫が生きている可能性があるだろう。
 

Re: 私の責任。私たちの責任。

 投稿者:fuusan53  投稿日:2018年 4月19日(木)22時25分40秒
返信・引用
  > No.3321[元記事へ]

三方限古典塾の塾生 納利一先生へ

 『責任』、、、ですね。「責めて」「任せる」。なんか頼りがいのあるコトバ。
 私のように、自由、勝手、きままな生活をしているものには重たいコトバです。

 言われる前に逃避して見たくなります。「責任」、たいせつですね。

>  それは私の責任です。私が責任を持って善処します。
>  それは私たちの責任です。私たちが責任を持って善処します。
>
>  「僕の責任。」をキーワードに検索すると、「僕の責任・君の責任・みんなの責任・地球人の責任。」などがヒットする。
 

Re: 宇宙無限の中の一点。

 投稿者:fuusan53  投稿日:2018年 4月19日(木)22時19分14秒
返信・引用
  > No.3320[元記事へ]

三方限古典塾の塾生 納利一先生へ

 『無限の中の一点を死んだつもりで生きる。』

 無限を「限りが無い」、「無数にある」と勝手に理解した方が居ましたが、
 それで悲観的にならずに、「活きる」ことだけを考えておられました。
 挫折を感じず、生き生きとされていました、考え方一つでこんなにも違うものですね。


>  私とは何か。私とは、時間的にも空間的にも無限である宇宙の中の一点である、と言えるのではなかろうか。
>
>  無限の中の一点を死んだつもりで生きる。
>
>  「天年無限。」をキーワードに検索すると、「我は天年、宇宙は無限。」などがヒットする。「宇宙無限の中の一点。甲突川」で、「鹿児島市医報:われにきびしく・ひとにやさしく・うそつかず・みんなが調和し幸せに。」などがヒットした。「死んだつもりでいきる。甲突川」で、「老人は死んだつもりで生きよう。」などがヒットする。
 

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