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Re: 虜人日記

 投稿者:瀬戸山豊70歳  投稿日:2014年 4月23日(水)17時01分34秒
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  不繋舟さんへのお返事です。

山本氏もそうですが極限状態で生き延びる者とは何か?小松氏にしてもそうでしょうが強力な体力ではないような気がします。そこに置かれた冷静な思考力であろう。
極限状況で記録を書き留める、これが何を意味するのか?教育における客観的観察力を身につける事ではなかろうか?常に自分のおかれてる現状を客観的に眺める日常であろう。
世間に左右される事なく今がどうであるか?今、日本はどう見ても歴史的にこれだけ恵まれた時代は無いような気がします。「危機の日本」を読みながら日本民族とは改めて凄い民俗と思います。
山崎豊子著「不毛地帯」を読みながらあれはフィクションであろうが瀬島龍三氏のその後の生き方を思い浮かべます。瀬島氏の受けた教育はどのような物で在ったのか?


> 小松真一「虜人日記」(昭和56年・筑摩書房)を6年ぶりに再度読み終えた。著者は燃料用アルコール製造のために化学者の軍属として昭和19年3月にフィリッピンに渡り、20年9月からの捕虜生活を経て21年12月に帰国するまでに書かれた克明な日記と雑感を、著者の死去10年後に遺族が出版されたものである。
>
> この頃の現地は、米軍の圧倒的な攻勢によって日本軍の武器は兵士2000人に70丁の三八銃(明治38年式)のみというような有様でただ逃げ回ることのみであり、兵士は戦闘で死ぬよりも一方的な爆撃と疲労と飢えと病気と寄生虫で死ぬ者の方が多く、靴の革まで食べた後は友軍の死体ばかりか友軍を殺してその肉を食うということは珍しくもなかったという状況にあったとある。
>
> そのような中の現場において、このような300頁に亘る記録を今に残すことがいかに困難なことかは想像に難くない。絶望的な状況の中にあって冷静・的確・科学的な視点、紙や筆記具の確保の苦労はもちろん、骨壺の底に隠してようやく持ち帰ってこれた様子などただ驚く他はない。
>
> 日本の敗因21箇条の分析は、あの戦争の敗因のみでなく、わが国の陥りやすい欠点として今日においてこそ重要な指摘をされていると考える。捕虜収容所内における日本人による日本人への暴力の横行や、戦闘において優れた力量を有し部下兵士のことを真に思う将官は1000人に1人だったという記述は何を物語るのだろうか。
>
> あの戦争については既に多くが語られ書かれているけれども、その中でも日本文化を知り、人間の特に日本人の実相を知るなどいろいろな意味合いから、今の日本人それも若い方々に是非読んでいただきたい一冊である。もっとも、なかなか入手し難い本ではあるけれども。
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