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「喜老笑死」と「認老泰死」

 投稿者:知分68歳  投稿日:2014年 9月 1日(月)16時15分37秒
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  清流さんが提唱される「喜老笑死」はなかなか魅力的な言葉です。ところで先日、さる病院へ用件ができて出かけました。ちょうど昼食時でとても広い食堂にたくさんの患者さんや職員の方々が集まっておられましたが、そこで見た光景は「喜び老いる」とははるかにかけ離れた感じを受けました。

そのほとんどが高齢の方々で、車椅子でスプーンで食べさせてもらっている人、エプロンをかけてこぼしながらもようやく自分で食べている人。これらの方々はまだようほうで、病室のベッドには口から食べることすら不可能な方や、自分が誰であるかも分からないまま生かされている方などが多数おられるはずです。

現代では、死に時を迎えていても本人の意志とは関係なく、なかなか死なしてもらえない場合が多いというその情景を目の当たりにして、喜び老い笑って死ぬことが現代の医療体制においてはいかに難しいことか、考えさせられました。

命あるものの当然の宿命である老いを当人も家族も医師も認めて、動物の原則である自然の状態で泰然として死ぬ(死なせる)ことを真剣に考えるべき時だと思います。百歳を過ぎてもなお健在なスーパー老人をもてはやし、サプリメントを売りつけることなどは、イチローや白鳳を普通の人に求めるのと同じです。百害あって一利ありません。

「天寿は必ずしも長寿ならず」「長寿は必ずしも寿ならず」です。医療も介護も一種の資源でしょう。当然、資源には限界があるはずです。需要はどんどん増えていくようですが、供給の方はどうなるのでしょうか。少子化が急進するなかにあって、高齢になっても「死なせない」医療がこのまま供給され続けていくと、子や孫の時代にはこの社会はいったいどうなるのでしょうか。

「喜び老いて渡って死ぬ」という理想はなかなか現実とはほど遠いきがして「みんなが老いを容認して泰然と死ぬ(死なせる)」という「認老泰死」を考えてみました。生についてと同等に、死についても「権利と義務」があるのではないかと思います。



 
 
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