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二見に落ちず

 投稿者:知分70歳  投稿日:2016年 8月27日(土)11時47分43秒
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  ものを二つに分けて、これを対比させるのは人間の論理の習性だと言われる。例えば生と死、自と他、美と醜、賢と愚、勝と負、苦と楽、優と劣、高と低、富と貧など。
これについて仏教では、「慎んで二見に住するなかれ」(僧燦)などと強く戒め、「不二に座して相和する」ことや、「相即(二つの対立するものが実は相互に融合し合い、一体となっていること)」を勧めている。(柳宗悦・南無阿弥陀仏・1986岩波文庫)
科学の世界では、光の実体としての「粒子性と波動性」の論争について、ボーアは「一見対立したり矛盾するような概念であっても、相補性こそが自然の本来の姿だと「相補性原理」を提案した。(酒井邦嘉・科学という考え方・2016中公新書)
ドイツ観念論の哲学者ヘーゲルは、「止揚」(矛盾する諸契機の発展的統合)を提案している。
臨床医・徳永進は、正解や正義が固定されやすい現代社会の中で、反対言葉がヒントになるとして「呼気と吸気、生きると死ぬ、キュアとケア、泣くと笑う、有と無、はいといいえ、流行と不易、満ちると欠けるなど、反対言葉の融合を説き、自由に生き看取ることにめぐる思いを綴っている。(どちらであっても~臨床は反対言葉の群生地~・2016岩波書店)
リオ五輪の100・200㍍走で四連覇を果たしたウサイン・ボルト(ジャマイカ)は、そのインタビューで「いつも誰かに追いかけられている夢を見る。逃れることはできない」と答えていた。これを聞いて、やはり勝ち負けにこだわる二元の世界に安楽はないのだと感じた。
宋代の儒者・程明道の定性書には「内外を両忘するに若かず。両忘すれば則ち澄然無事」とある。これも同じような趣意であろう。
どうもよくまとまらないが、あれかこれかという二元への執着を考え直して、できれば不二を体得したいものだと切に願う昨今である。
 
 
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