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平時下の 隠れた争い

 投稿者:●之助  投稿日:2018年 6月12日(火)01時50分7秒
  通報 返信・引用 編集済
  あっても損はない予備知識  後々の西郷の決断に  左右したかは 確信は持てないが



1753年(宝暦3年)、徳川幕府は琉球との貿易によって財力を得ていた薩摩藩を恐れて、

毎年氾濫による被害が多発していた木曽三川の分流工事を薩摩藩に命じる。

工事費用は薩摩藩が全額負担大工などの専門職人を一切雇ってはならないとした。


露骨な弾圧政策に薩摩藩は幕府への反発を極め、このまま潰されるくらいなら一戦交えようという過激な意見まで噴出したが、

平田が「民に尽くすもまた武士の本分と説破して工事を引き受けることとなり、平田は総奉行となる。

40万両にも上る工事費用を捻出するため大坂豪商から借金を重ね、

幕府へもたびたび専門職人の雇用許可を要請するも許可は下りず

工事のやり直しを命じられることがしばしばあった

工事に派遣された薩摩藩士達の過労や伝染病による死亡が相次ぎ、また幕府に抗議して切腹する薩摩藩士達も続出した

(この時には、本来監視役のはずの徳川方からも、薩摩藩に同情して抗議の切腹を行う武士が二名いたほどである)。

この件に関して、平田は幕府との摩擦を回避するため、切腹した藩士たちを事故死として処理している。

薩摩藩は最終的に病死33名、自殺者52名という多大な殉職者を出している。

状況は全く改善しませんでした。

それどころか、せっかく作った堤防がたびたび壊されるという不審な事件が起こります。

犯人をとっ捕まえてみたところ、なんと「幕府の指示でやったから俺は悪くねえ!」状況は全く改善しませんでした。

これでは薩摩藩士たちが「幕府は民を救うつもりなんてない。薩摩の金を絞れるだけ絞って、取り潰すつもりなんだ!!」

と思うのも無理のない話です。

そこで、宝暦四年4月14日に幕府への抗議として、切腹する人が出てしまったのでした。

その後も切腹する者は後を絶たず、実にその数53人にも達し(うち薩摩藩士が51人)、平田靱負は三重の面で困り果てます。

工事はうまくいかないし、お金は出て行く一方。

その上、当時は勝手な切腹は重罪とされていましたので、それを理由として薩摩藩が取り潰されるかもしれないからです。

そうこうしているうちに、幕府側は工事への嫌がらせだけでなく、

食事も重労働にも拘らず一汁一菜と規制し

さらに蓑、草履までも安価で売らぬよう地元農民に指示したという。

1754年(宝暦4年)8 月には薩摩工事方に赤痢が流行し、粗末な食事と過酷な労働で体力が弱っていた者が多く、

157名が罹患し、33名が亡くなったといわれています。

おそらくは、地元の人々も同じ病で命を落としたことでしょう。

それでも薩摩隼人の意地か、靱負以下、生き残った藩士たちは工事を完了させました。

幕府方の確認も済み、靱負は国許へ報告書を出します。

その次の日、靱負は腹を切りました。おそらく、ずっと「全て見届けるまでは死ねん」と思っていたのでしょう。



工事に要した費用は、現在の貨幣価値で300億以上と推定されています。
平成28年度の鹿児島県予算が一般+特別会計を合わせて1兆478億円ほどですので、約1/30ってところでしょうか(鹿児島県HP)。

この莫大な金額を都合するため、薩摩ではサトウキビを強引に収めさせ、堺などの商人に渡すことでやりくりしていました。

が、サトウキビ農家からすればただの強奪にしか見えません(全農地をサトウキビに転換させられ、

島民はコメを高額で買わされた。正に植民地政策)。このため、薩摩藩は靱負という大切な家老と藩士の多くが犠牲になった上、領内からの恨みも買うという散々な結果になっています。

工事は一応成功の部類に入っているので、全く無駄だったわけではないのですが……あまりにも代償が大きすぎました。

しかも、工事地域ではなかった木曽三川の上流地域では、逆に洪水が増したといいます。完全に解決されるのは、明治時代に入ってお雇い外国人のヨハニス・デ・レーケが指揮する工事が行われてからでした。

それでも、近年の伊勢湾台風などの大きな災害では被害が出ています。

乱暴に言えば、「得をしたつもりになったのは、薩摩の財布をやせ細らせていい気になっていた幕閣だけ
とのたまう始末。


あれもこれも、投稿文章はHDDの保管済みですが、

いっぺんに投稿は、甲突川健康掲示板乗っ取り

どうせ、長文は読まれないし。ボチボチとタイムリーに順番を変え

仕事(プログラム)も催促あるは、そのうち催促から苦情に変化するか  後世に語り継ぐ事もまた 仕事?  なかなか書き込みがないので
 
 
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