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なぜ?私たちは 學 ばなければ、いけないの

 投稿者:●之助  投稿日:2018年 8月 1日(水)07時05分25秒
  通報 返信・引用 編集済
   なぜ?私たちは 學 ばなければ、いけないの  


> 古今東西の知恵を集めて言葉と哲学の教育を。地域で、世界で、未来で



『いいじゃないか!山・河は残る・・・・・・・』
>「いいじゃ在りませんか」憲法9条の為日本が亡くなる事に対し述べた
>「こんな素晴らしい憲法を持った国家が消えてしまっても」


『先生!胸の具合が・・・・』
『いいじゃないか! 君が若死にしても、こうして 城山・甲突川は残る・・・・・・・』

『弁護士の先生!相手が無謀な運転で突っ込んで来たのに、

『俺は悪くない!お前が悪い』理不尽な事を言うのです・・・』
『いいじゃないか! 裁判に負けても 山・河は残る・・・・・・・』

・・・・・・そうなんだ~  あほくさ~!適当に勉強して 単位取って、卒業できればいいか





さてさて
GHQ(厳密に言えば、共産主義かぶれ 米国の共産主義シンパの知識人将校(少尉以上の文官)連中)の
亡霊から  日本を
いかに梳(と)くか



**********//*********//******

国学から再び、

国学(江戸時代に、古事記・万葉集などの古典に基づいて文献学的に古代日本の思想・文化を明らかにしようとした学問)



少(わか)くしてべば、則(すなわ)ち、壮にして為(な)すこと有り。

壮にしてべば、 則ち老いて衰(おとろ)えず。

老(お)いてべば、則ち死して朽(く)ちず。   (佐藤一斎) 過去もここの掲示板にもありましたが


噛み砕き、小学生レベルでも解り易く

 これを現代語になおしますと次のようになる のかな。

子供のころからしっかり勉強しておけば、壮年に達したときに

 為(な)すべきことをしっかりと為(な)すことができるようになる。

成果をあげなければなら時、しっかりと成果をあげることができるようになる。


壮年を老壮たちがしっかりと鍛え上げれば、

 その壮年は老いても尚衰えることはない


老年になってからも 尚(そのうえ。更に)ぶことをやめなければ、

死んだ後も自分の業績は残り、次の人々にも引き継が れていく。」



そして、老境に至った者をばせるのは、すなわち神々ですから

 老境に至った者を神々がしっかり鍛え上げれば

 その老人のは、死んでも朽ちることがない。らしい・・・・





https://8108.teacup.com/tomonori/bbs/14




『う~ん!また、長文じゃがの~、読む気がせんぞね・・・』
ここの部分の動画、途中から 始まるようにしました。 を磨きたい・・・ よかったら どうぞ

https://www.youtube.com/watch?v=3L8rLdGlfgo&feature=youtu.be&t=14m37s




と、このような意味になるわけです。
もっといえば、

老境に至れば、神々の御威光御意志をしっかりと受け止めていく努力をすることが大切だというのです。
(唯物史観(ゆいぶつしかん)は、「唯物論的歴史観」の略であり、史的唯物論(ドイツ語: Historischer Materialismus)と同義で。
19世紀にカール・マルクスの唱えた歴史観の共産党の皆様には不要だが)

ここでいう神々というのは、偉大なご先祖たちといった語感もあるのですが、

要するに、年をとってまだ俗世にまみれて銭勘定ばかりしているようでは、駄目だというのです。

自分の人生を振り返り、世のため人のために人生最後のお勤めをいかに果たしていくか

それは、先祖代々の仏様や、それよりもずっと昔の神々の築いた哲学をしっかりと魂に刻んでいく

そうすることではじめて、人の魂は朽ちることなく永遠の存在になるのだと、説いているのです。




これは、年をとっても勉強したら(学んだら)、

死んでも朽ちない財が残るという意味とは、まったく異なるものなのです。



その佐藤一斎は、一般には儒者であると言われています。

ところが昌平で教える儒学は、

単なるChina産の儒教とは、実はまったく異なるものです

戦後教育では「」と教えます。

」が「」になると、子供がまなぶ所、という意味になります。

あくまで子供が主体ですから、教える側は、これを受けるだけです。

なぜそのように言えるかといえば、昌平の創業者が林羅山(はやしらざん)だからです。

林羅山は、儒者は儒者でも、国学と儒学の合一を図った人物です。

もっというなら、国学を語るに際して儒学を用いた人物です。

林羅山が生きた当時、国内にいわゆる儒者は数え切れないほどいましたが、

わずか23歳の林羅山が、

これから國造りをしようとする家康に気に入られて、

幕府御用達の学者として5000坪の土地を与えられて塾をひらくだけの援助を受けることができたのは、

まさに、羅山の説くが、日本そのものを儒教を借りて説くものであったからです。

繰り返しますが、ただの儒者なら、他にいくらでもいたのです。

林羅山同様、国学と儒学を結びつけた学者に山崎闇斎(やまざきあんさい)がいます。

山崎闇斎も、儒教と神道を重ねた学者ですが、

この闇斎がある日、弟子達を前に問いを投げかけています。

「方々、今、Chinaが孔子をもって大将とし、
 孟子を副将となして数万騎を率いて
 我が国に攻め込んできたら

 我が党の孔孟の教えを学ぶ者は、
 これをいかにするか


日頃から孔子や孟子を聖人としてその教えを學ぶ弟子たちは答えられません

ついに、「願わくば、その答えを教えてください」と言いました。

すると闇斎は、

不幸にして、
 もしかくのごとき厄災に遭ったなら、
 すなわち我が党は、
 身に鎧をまとい、
 手に槍刀を持って

彼らと一戦し、

孔孟を捕らえて

国恩に報ぜん

これこそがすなわり孔孟の道である

要するに、

學ぶということは、ただ教えをそのまま受け止めるだけでは、ならないというのです。

何のために學ぶのか

それは国を護る一人前の男子を育てるためなのです。
表面だけを見ていたら、そこがわからなくなる。

ですから

羅山や闇斎が

国学を儒学の基盤に置いたのは、ある意味、当然のことであったといえるのですが、

往々にしてそれがわからない。
ただ単に外国のものにかぶれてしまう

どんなに素晴らしい兵法であったとしても、自分の国の国情や民意に沿ったものでなければ、実際には使えない。

単に外国かぶれしただけの理論では、

実際の経営には何の役にも立たないことは、

戦後に導入された様々な経営学が、実際にそれを証明しているといえるのではないでしょうか。



昌平黌というのは、

光り輝く太陽の光を公平に注がせるために金の卵といえる優秀な人材を育てる學校」という意味です。

」は、金の卵といえる優秀な若者という意味です。


ただ単に哲学を愛する、通りすがりからでした

一部  小名木善行(おなぎぜんこう)さんからの 記事から転写
 
 
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