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哲学と経済

 投稿者:団塊の一人  投稿日:2021年 6月 2日(水)11時09分49秒
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  若者の間で「資本論」がブームになっているとか。
半世紀以上も前にマルキシズムの洗礼を受けた身として何やら変な感懐を持つ。
 中学生の頃に「阻害」という概念、高校入学の頃に「存在が意識を規定する」などの哲学概念に感銘を受けた。
ヘーゲルに始まる「止揚」から「唯物弁証法」に一時夢中になるも、鈴木大拙等を通して触れた仏教哲学の「弁証法」や「止揚」概念を知り、「唯物史観」に疑問を持つようになった。
 二十歳過ぎかから、結局マルクスの「唯物史観」は一神教に対するアンチテーゼに過ぎないのでは、との感想。さらに「労働」の根本的な捉え方に疑問、所詮、マルクスもアダム・スミス流の欧州史観の中か。  もし日本人の基底にある「哲学」を認識していれば異なっていたのでは。
 労働により得られた付加価値は働いた者が得るべきで、資本家のものではない、という考えは資本主義ではない社会主義経済・共産主義社会を絶対的善とするのが当然の帰結。忘れがちなのは、当のマルクスも晩年は開発・発展する経済ではなく循環型経済を理想としたようであること。
 日本人の基底には、「労働は誰かの何かの役に立つことが第一の目的で、良い仕事ができること、その達成感・他者からの感謝、等が労働の対価」であり、貨幣や物による報酬は二の次という「哲学」がある
 もっとも、このような”哲学”は日本以外の国々では殆ど理解できない。金儲けの機会が目の前にあるのに設けようとしないのは馬鹿だ、が「世界の常識」。
 働くとは傍(ハタ)を楽(ラク)にすること、という哲学を世界中に輸出普及したいもの。  残念なのは、そのような哲学が日本でも薄れつつあると見えること。杞憂であれば良いが・・・・
 有史以来、為政者・権力者は常に情報を管理し操作してきた。民衆は「お上」からの情報に対しては面従腹背が常態。現代は情報社会、一般庶民のインターネットで幾らでも情報発信できる、と思わされている。
情報発信力は為政者ほど保持する権力が大きいほど強い上に、過去に比べ操作法の格段に巧妙。
 深い教養によって培われた健全な哲学こそが、今後のホモサピエンスの将来を創るだろう。
 
 
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