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情報・知識そして哲学

 投稿者:団塊の一人  投稿日:2021年 6月19日(土)14時39分54秒
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  情報知識ではない。
情報は整理され系統化されて、初めて知識となる。
しかし、知識量の多寡は教養とは比例しない。
教養とは、学歴とは全く関係なく社会的地位とも完全に無縁。
 教養とは、知識を体系化・理論化し価値判断を行えて己の思想を深めるもの。
多様な意見を認め、異なる見識も尊重できる知性があって、初めて「教養」といえる。
その知識や教養は、ただあるだけでは社会に対する何らの力にもなり得いない。
知識や教養を力あるものにするのは 哲学である。
従って哲学の在り様は、知識を害にもすれば益にもする。
健康ならざる哲学は、本人のみならず周囲にも害毒を撒き散らす。
 知識量が多く、高い教育を受けた者が、その素養を「欲」を満たすために使う時、健康な哲学を持つ知識人は、総じて無力感を
託つことが多い現代社会。
 高く深い知識と教養に裏打ちされない哲学は、結局は無力。
無力であるのみならず、為政者・権力者とその尻馬に乗る者達に都合良く利用されるだけ。
 健康で望ましい哲学を創るためには、先ずは真に教養を身につけるための教育を。
無思考に暗記を強要する教育の在り方を、根底から見直さなければ人類に未来はない。
 決定的分岐点には未だ至っていないと信じたい。
今なら未だ間に合う、と考えるのは甘いであろうか。 そうでないこと切に願う

 
 
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